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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3684号 判決

原告

宮里正栄

被告

伊藤政夫

主文

一  被告は、原告に対し、金七二万九四七三円及びこれに対する平成元年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大型貨物自動車に追突され、受傷した被害者から、加害車両の運転者に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償請求(一部請求)した事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

(1) 発生日時 平成元年一〇月三一日午前八時三五分ころ

(2) 発生場所 大阪市平野区背戸口五丁目府道高速大阪松原線(阪神高速道路)松上六・四キロポスト付近路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 被告運転の大型貨物自動車(名古屋一一ゆ五〇〇四、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 普通貨物自動車(なにわ四四ま三二一二)運転中の原告

(5) 事故態様

被告は、積載量一〇トンの被告車を運転し、阪神高速道路上を南西から北東方向に時速約六〇キロメートルで進行中、先行する原告車が渋滞のため停止していたにもかかわらず、その動静に対する注視義務を怠つたため、被告車左前部を原告車右後部に追突させて、原告車を前方に押し出し、その前部を前方に停止中の普通乗用自動車(以下「西村車」という。)後部に追突させるとともに、原告車をさらに左前方に進出させて、その左後部を道路左側のコンクリート側壁に衝突させたもの。

2  被告の責任

被告の被告車の運行供用者であるから、自賠法三条により、本件事故による原告の損害につき賠償責任を負う。

3  損害の填補

被告車に付保されている任意保険から一八七万四一五〇円が支払われた。なお、右支払金のうち原告は緑風会病院の治療費五五万六九〇〇円については、控除したうえで本件請求をしているので、損益相殺の対象となるのは一三一万七二五〇円である。

二  争点

1  原告の受傷程度、後遺障害の有無・程度

(1) 原告

本件事故により、原告は頭部打撲、頸部捻挫、腰部・右膝打撲の傷害を負い、入通院治療を続け、平成四年六月二九日に症状固定と診断されたが、右後頭部より下肢にかけての頑固な痺れ感、腰痛が残存する頭部外傷後遺症が残存した。

原告は建材業を営んでいたが、右後遺障害のため、建材の張り付け作業等を一日行うと一週間ほど症状が増悪し就労不能となる程度であり、右症状については右腱反射亢進顕著、右腰部圧迫痛、右ラセグー症候陽性との他覚所見も認められ、自賠法施行令二条別表後遺障害等級別表第九級相当の後遺障害に当たるものである。

(2) 被告

原告の受傷形態が右膝・腰部各打撲と診断され、主訴は局部の腰痛と認められているところ、症状経過から軽快傾向が窺われ、骨折所見、神経学的所見については共に他覚的な異常は得られず、かつ、特定する病巣も認めがたいことから後遺障害は認められず、また、平成二年二月二七日に至つて新たに頭部外傷後遺症の病名と右後頭部より上肢・下肢にかけての痺れ感との訴えがなされているが、この点についても格別の他覚的所見に乏しく、受傷態様、経過上等からの自訴主体の症状と捉えられ、同年二月以降の訴えについては本件事故と相当因果関係が認められない。

2  損害額

第三争点に対する判断

一  原告の受傷内容、後遺障害の有無・程度

1  証拠(甲一、三の3ないし9、11、四の1、2、五の1、2、九、一〇、原告本人、証人山上栄)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故態様は前記のとおり当事者間に争いのないところであるが、本件事故当時、天候は晴で路面は乾燥していた。被告が、原告車が停止しているのを確認し、ブレーキをかけたのが衝突前二〇メートルの地点であり、追突地点手前五・八メートルの地点から追突地点まで被告車のタイヤ痕が存している。被告は、追突後ブレーキをかけたままだと危険と判断し、ゆつくりと停止させ、停止したのは衝突地点から三六・三メートル進行した後であつた。原告車は追突され、二・五メートル押し出されて西村車に追突し、さらに一〇メートル進出して左後部をコンクリート側壁に衝突させた。西村車は原告車に追突された後四メートル押し出され、その右前部を被告車左側面部と接触させ、さらに五・五メートル進出して停止した。本件事故による関係車両の損傷は、被告車が、左前照灯、左前指示器破損、左前バンパー・パネル凹損であり、原告車が後部パネル・バンパー凹損、右前フエンダー凹損であり、西村車が左後部擦過、右前ミラー曲損、右前角擦過であつた。

(2) 原告は、本件事故後、救急車で緑風会病院に搬送されたが、頸部痛、下位背部痛、右膝痛を訴えたが、意識障害はなく、清明で、他覚所見は脊椎近傍の筋圧痛のみで、スパーリングテスト、ジヤクソンテスト、上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射、ホフマン反射、下肢伸展挙上テスト、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、知覚等は異常が認められず、頸部・腰部・右膝部のレントゲン検査でも異常は認められず、頭部打撲、頸部捻挫、腰部右膝打撲で約二週間の加療を要する見込みであると診断された。

経過観察のため、入院したが、経過は良好で、一一月九日には外泊をするまでに回復した。しかし、外泊後帰院した、同月一一日には右膝から腰にかけてのしびれが認められ、歩くとかなりしんどかつたと訴え、同月一三日には腰痛も訴えたが同月一五日軽快退院となつた。

(3) 原告は退院後も通院加療していたが、腰部痛を訴え、一一月三〇日作成の診断書では現在腰痛症状のため就業不可の状態であり、受傷日から約二か月の加療を要すると医師が診断している。

平成二年一月にはコルセツトを装着して仕事はまあまあ可能であるが腰痛は続き、同月一八、九日には腰痛、右下肢のしびれで元の仕事ができず休業中であると医師に話していた。同月一九日の下肢伸展挙上テスト、膝蓋腱反射、アキレス腱反射では異常は認められず、運動・知覚も良好で、軽作業は可能と医師は診断した。

その後も、原告は腰痛を訴えたが、医師は腰痛が続く可能性はあるが、就業するようアドバイスした。同年三月二日における下肢伸展挙上テスト、膝蓋腱反射、アキレス腱反射では異常は認められず、運動も良好であつた。

(4) 原告は、平成二年二月二七日に大阪市立大学医学部附属病院(以下「市大附属病院」という。)神経精神科で受診し、医師に、本件事故で頭部を打撲し、右後頭部から下肢にかけてしびれと痛みがあり、腰痛もある、受傷後五ないし一〇分間意識消失した状態であつた、などと訴え、各種テストを行つたところ、トレムナー・ホフマン徴候陽性、腕反射正常、膝蓋腱反射、アキレス腱反射正常、バビンスキー徴候なし、右肩関節の拘縮が認められた。

同年三月九日にはラセーグ徴候両側とも陽性、膝蓋腱反射、アキレス腱反射亢進が認められた。その後、平成四年六月二九日まで、腱反射は亢進したり、正常になつたりと変動が認められたが、ラセーグ徴候は右側が一貫して陽性であつた。

同病院では、腰痛をほぼ一貫して訴え、平成四年六月二九日まで、毎月一ないし三回程度通院し、腰部への神経ブロツク注射、筋弛緩剤・鎮痛剤・ビタミン剤の投与がなされ、同時に腰痛体操、生活指導、精神療法が行われた。

平成二年五月ころからは、天気が悪いと調子が悪い、痛むとの主訴がなされ、平成三年六月一四日での受診の際には、原告は、仕事で無理をしたり天気が悪いと調子が悪い、注射はいいです、症状が固定してしまつたようですと症状を述べ、同年七月三日に通院したのちは、同年一一月八日まで治療が中断している。

(5) 市大附属病院神経精神科の山上栄医師は、平成四年六月二九日付の後遺障害診断書において、傷病名として「頭部外傷後遺症」、自覚症状として「平成元年一〇月三一日交通事故で頭部打撲それ以後右後頭部より下肢にかけてしびれ感、腰痛を頑固に訴えている。上肢から肩にかけても疼痛がある。」、他覚症状として「右腱反射亢進が著しい。右腰部圧痛がある。右ラセグー症候陽性である。建材貼付作業などを一日行うと一週間ほど右症状増悪し、就労不能となる。」、就労能力等に及ぼす支障の程度について「軽作業でも腰痛、しびれ感増強のため、なお継続して就労不能である。」と診断のうえ、今後なおかなりの期間の通院加療を要するとの予後の所見を示して、症状は平成四年六月二九日固定したとした。

右診断書作成にあたり、山上医師は、腕の痛みの程度が薄らいできたので、これ以上痛みを軽減することは不可能と考えて、症状固定としたものであるが、原告の腰部の症状は市大附属病院での初診から一年程神経ブロツクを行つて痛みをとつていたが、原告の要望で投薬だけとなつた後には改善傾向は殆どなかつた。

また、就労能力等に及ぼす支障の程度については原告からの聴取内容を山上医師がそのまま記載したものである。

(6) 右山上医師は、原告の初診時の検査結果から、ラセグー徴候、トレムナー・ホフマン徴候が陽性であること、その後の腱反射亢進から原告の大脳皮質の前頭葉部近くの錐体路中枢に何らかの障害があるのではないかと推察しているとしつつ、一方で悪天候の際、腰痛が増強するといつた訴えから心因的な要因も関係しているとの見解を有しているが、錐体路中枢に何らかの障害が存在すると推察するについては、原告に事故後意識障害があつたことを前提とし、意識障害がなければ説明がむづかしいとの見解も示している。

(7) 原告は、本件事故当時、鎌野建装に勤務し、内装関係の営業と工事管理に従事していたが、緑風会病院退院後は電話番等の軽作業に従事することしかできず、平成二年一月一〇日に退職した。同年三月からはミツワ建産でアルバイトをし、同年七月からは正社員となつて平成三年八月二〇日まで勤務し、その後、独立して内装業を自営している。

以上の事実が認められる。

2  右事実によれば、原告も腰痛等の症状を一貫して訴えてはいるが、本件事故時に意識障害があつたか疑問であること(緑風病院の初診時のカルテには意識障害陰性、来院時意識は清明と記載され、意識状態が診断、治療に当たつて重要な事項であることに照らすと、初診時の右記載は信用性が高いといえ、これに反する原告の市大附属病院での説明、本人尋問における供述は採用できない。)、緑風会病院での諸検査では他覚的所見に乏しく、市大附属病院での診察において初めて神経学的異常が認められたこと、腱反射も症状固定時には亢進しているものの、正常の場合もあり、一貫していないこと(腱反射が亢進した時期は平成二年三月以降であり、本件事故による外傷によるものか疑問である。)等の事実によると、山上医師の所見にかかる錐体路中枢の障害を認めることはできず、就労能力についても、山上医師は上下肢の機能障害等他覚的検査を経ないで、原告の申告をそのまま記載したもので就労不能と認めることはできない。しかしながら、前記認定の事故態様によれば、本件事故による衝撃は決して軽微ではなく、確かに、原告は、緑風会病院での入院治療で軽快傾向を一旦は示していたが、さしたる原因もなく腰痛症状が憎悪したについては本件事故による外傷以外に考えられないところでもあり、前記山上医師の原告の腰痛は心因的要因も関係しているとの見解、その他治療経過、症状の変化等を総合考慮すると、明確な病巣は明らかにしえないものの、原告の腰痛等の症状は本件事故と相当因果関係が認められるとともに、その症状固定時期は平成三年七月三日、右症状固定日に腰痛等の局部の神経症状が残存したと認めるのが相当である。また、右事情に照らすと、緑風会病院での治療が中止となつた平成二年三月二日以降の症状の遷延化、後遺障害の残存については原告の心因的要因が寄与していることは否定できず、その割合を四割と認めるのが相当である。

3  前記認定の事実によると、原告の腰痛、右下肢のしびれ感の後遺障害は第一四級一〇号に該当するというべきであり、その労働能力喪失率は五パーセントとするのが相当である。

二  損害額(以下、各費目の括弧内は原告主張額)

1  治療費(二七万八八一一円) 九万二〇八二円

緑風会病院の治療費は被告側が負担したことは当事者間に争いがないところであり、甲九によれば、市大附属病院での平成三年七月三日までの原告の本人負担分の治療費が一五万三四七一円であつたことが認められ、前記心因的要因による寄与による四割の減額をすると九万二〇八二円となる。

2  付添看護費(八万八〇〇〇円) 〇円

原告の入院にあたり、付添看護を要すると認めるに足りる証拠はない。

3  入院雑費(二万〇八〇〇円) 二万〇八〇〇円

原告が、緑風会病院に一六日入院したことは前記認定のとおりであり、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、二〇万〇八〇〇円となる。

4  通院交通費(一万七一六〇円) 三四二〇円

証拠(甲九、一一の3ないし11)及び弁論の全趣旨によれば、平成二年二月二七日から平成三年七月三日までの市大附属病院の通院にあたり九回自家用車で通院し、病院駐車場での駐車料金五七〇〇円を要したことが認められるが、前記四割の減額を行うと、三四二〇円となる。

5  入通院慰謝料(八〇万円) 八〇万円

本件事故による原告の傷害の部位、程度、入通院期間、実通院日数、前記寄与度等を総合勘案すると慰謝料として八〇万円が相当である。

6  休業損害(一三二万〇五二〇円) 三四万九八九五円

前記認定事実に加え、証拠(甲二、原告本人)によれば、本件事故当時建装会社に勤務し年間少なくとも三〇七万円の所得を得ていたこと、本件事故による腰痛等のため、退院後も電話番等の軽作業に従事することしかできず、平成二年一月一〇日に勤務先を退職した。同年三月からはミツワ建産でアルバイトをし、同年七月からは正社員となつて稼働したことが認められ、原告請求の平成二年四月六日までの一五七日間の休業損害の主張は採用できず、入院期間中の平成元年一一月一五日までは一〇〇パーセント、平成二年四月六日までは二〇パーセント就労能力を制限されたと認めるのが相当であるところ同年三月三日からの休業損害については前記四割の控除を行つたうえで、休業損害を算定すると、三四万九八九五円となる

3,070,000÷365×(16+0.2×107+0.2×0.6×35)=349,895

(小数点以下切り捨て、以下同様)

7  逸失利益(一八五〇万三九六四円) 二三万〇五二六円

前記認定によると、原告には一四級一〇号の神経症状を主とする後遺障害が残つたことが認められるところ、原告は、本件事故前の職業復帰が困難となり、自営業を営み、本件事故当時より高収入となつたことが推認されるが、右後遺障害がなければ、より高収入が得られたことも容易に推認されるものであること、本件後遺障害が他覚的所見に必ずしも裏付けられないことに照らすと、平成三年七月三日の症状固定後三年間五パーセント労働能力を喪失したと認めるのが相当である。前記三〇七万円を基礎にホフマン式計算法により年五分による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、三八万四二一〇円となり、前記四割の控除をすると二三万〇五二六円となる。

(計算式)3,070,000×0.05×(4.364-1.861)=384,210

384,210×(1-0.4)=230,526

8  後遺障害慰謝料(五〇〇万円) 四五万円

前記認定の後遺障害の程度、心因的要因の寄与度などの諸事情によれば、四五万円が相当である。

9  小計

以上によれば、原告の本件事故による損害額(弁護士費用を除く)は一九四万六七二三円となり、既払金一三一万七二五〇円を控除すると六二万九四七三円となる。

10  弁護士費用(一〇〇万円) 一〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は一〇万円と認めるのが相当である。

三  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、金七二万九四七三円及びこれに対する不法行為の日である平成元年一〇月三一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 高野裕)

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